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カオスを見る

岡本 壽夫


カオスの発見

最近、「カオス」という言葉をよく耳にします。それは「混沌(chaos)」 を意味します。 

カオス現象は、1963年に気象予報モデルの研究において、E.N. ローレンツに よって発見されました。また、彼とはまったく独立に、時期を同じくして、1961年 に非線形電気回路の研究において、わが国の上田皖亮(よしすけ)教授(京都大学・工 ・電気、当時大学院生)もカオスを発見していたことが知られています。この両者はい ずれも、当時、ようやく研究目的での使用が可能になり始めていた「電子計算機」を駆 使することによってカオスを発見したことはきわめて興味深いことです。すなわち、ロ ーレンツは、1階の3元連立非線形常微分方程式(ローレンツ・モデル)をディジタル 計算機を用いて解き、上田は周期的外力項を含む2階の非線形常微分方程式(ダフィン グ方程式、これは1階の3元連立常微分方程式に容易に変形できる)を自作のアナログ 計算機を用いて解いたのでした。つまり、こうして発見されたカオスは、3変数の1階 連立非線形常微分方程式という簡単な運動方程式に従うのですが、その運動は複雑で、 運動方程式を見ただけではカオスの発生やその挙動を予想できません。ここにコンピュ ータの出現により、微分方程式の解を数値的に計算することによって、はじめて、カオ ス現象が発見された理由があります。

カオスとはどんなものだろうか

では、カオス運動の特徴とはどんなものでしょうか。 運動の出発の条件 (初期条件)がわずかに異なる2本の軌道を考えた場合、通常の安定な運 動ではこれら2本の軌道は時間が経過しても常に互いに極く近くを運行し、 したがって、その到達点も互いに極く接近したものとなります。しかし、 カオス運動のような不安定な運動では、これら2本の軌道の間の距離が時 間の経過とともに指数関数的(幾何級数的)に増大し、これら2本の軌道 の到達地点が互いに大きく異なってしまうことです。このことを、「カオ ス運動では、その軌道が不安定なために軌道運動の将来の予測がつかない」 という言い方をします。例えていえば、今日のささいな判断の違いや、ち ょっとした決断のためらいや遅速が、明日の結果に大きな差異や明暗をも たらすことなどは日常茶飯事としてよく経験するところです。

惑星運動に見る「カオス現象」

地球のまわりを回っている「月」や、約76年の周期で太陽に接近する 「ハレー彗星」は、いずれも、カオス的な運動をしていることが知られて います。その理由としては、「月」は地球の引力のほかに太陽からの引力 の影響を受けてその軌道運動が乱され、「ハレー彗星」は太陽から の引力のほかに木星などの太陽系内の他の大きな惑星からの引力の影響を 受けるためです。

ここでは、「月」や「ハレー彗星」の運動をコンピュータ・シミュレー ションによって再現し、そこに発生する「カオス現象」を直接観察するこ とにより、「カオス現象」の性質やその挙動を体験的に理解してみたいと 思います。

まず、「月の軌道運動」の例を図示してみましょう。

つぎに、「ハレー彗星の軌道運動」の例を図示してみましょう。

では、ここに出てきた、「安定な軌道運動」と「不安定な軌道運動」の 性質の違いを次の2つの例で調べてみましょう。

おわりに

近年、物理的現象や生物学的現象などの自然現象のみならず政治や経済 などの社会現象においてもカオス的な現象は広く存在していることが分か ってきました。カオス現象が発見されたことにより、非線形力学の研究は 新たな発展段階を迎えています。現在、カオス現象は物理学、工学のみな らず他の多くの分野でも大きな関心を呼びつつあります。なかでも、情報 理論、制御工学、安全工学などの分野ではカオスの果たす役割に大きな期 待が寄せられています。


月の安定な軌道。地球の引力のみを受けて運動する場合。

月のカオス軌道。 地球の引力のほかに太陽の引力の影響を受けて運動する場合。

ハレー彗星の安定な軌道。太陽の引力のみを受けて運動する場合。

ハレー彗星のカオス軌道。太陽のほかに木星の引力の影響を受け て運動する場合。

安定な軌道運動(この場合は中立安定である)。太陽だけか らの引力を受けて運動するハレー彗星の場合。運動の初期条件が わずかに異なる2本の軌道は時間が経過しても常に極く近くを運 行する。

不安定な(カオス的)軌道運動。太陽および木星からの引力を受 けて運動するハレー彗星の場合。運動の初期条件がわずかに異な る2本の軌道の軌道間距離は時間の経過とともに指数関数的(幾 何級数的)に増大する。