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コンピューター入門

楠瀬 昌彦

はじめに

落語に出てくる熊さんや八さんの世界では字が読めないことは 珍しいことではなかった. しかし, 今の日本ではもうそんな人はいない. 識字率100パーセントの現在である. 識字のことを英語ではリテラシーという. ところで,コンピューター・リテラシーというのは コンピューターについて, どの程度知っているかを 表わす言葉である. それでは, 私たちはコンピューターについて, 何を知っているのだろうか. 現代の日本ではコンピューターが身の回りにあるにもかかわらず, 敬遠している人が少なくない. コンピューターについて正しく理解し, 便利な道具として使っていくことが, これからますます必要となってきている.

今まで断わりなくコンピューターという言葉を使ってきたが, これには電子計算機というりっぱな日本語がある. あまりりっぱすぎるので, 日頃は「けいさんき」と 言ったりしている. 通常,「けいさんき」というときは大型計算機を指すことが多く, パソコンとかワークステーションとかの呼びかたで, 具体的なコンピューター を言い表わすことにしよう.

一口にコンピューターと言っても, 実に様々な形がある. ワープロやゲーム機は眼に見えるコンピューターである. エアコン, 自動洗濯機, 高級カメラなどには眼に見えないところに コンピューターが組み込まれている. したがって, 「けいさんき」では表わせない多種類のコンピューター が現在では存在しているのである.

コンピューターは道具であるので, 使うことに意味がある. コンピューターを使わないで, 置いてあるだけではただの箱である. テレビならスイッチを入れるだけで動き出すけれど, コンピューターはそういうわけにはいかない. 自動車であればエンジンを始動させ, ギヤを入れて動かすことが必要である. コンピューターも電源を入れ, やりたいことを指示しないと思うようには動いてくれないのである.

コンピューターのはじまり

世界で最初に作られた電子式のコンピューター(電子計算機)は, 米国ペンシルベニア大学の モークリーとエッカートらによる ENIAC (エニアック) である. これは, 1946年に公式にその完成が発表されたものであるが, プログラムは問題ごとにプラグ配線で変更するものであり, いわゆるプログラム内蔵方式ではなかった. 現代流のプログラム内蔵方式の コンピューターとしては, 米国では, 1945年ごろ, フォン・ノイマンにより EDVAC (エドバック) の開発計画で 提案されている. プログラム内蔵方式のコンピューターで世界最初に誕生したのは, 1949年に, 英国で, ケンブリッジ大学の ウイルクス のグループによる EDSAC (エドサック) である.

このころまでのコンピューターは回路素子として真空管を使っていた. 真空管の代わりにトランジスターが本格的に使われはじめたのは, 1956年ごろからである. 高速記憶装置としては, 遅延線, CRT などが使われていたが, 1958年ごろまでに, 主として磁気コアへの移行が始まっている. 磁気コアは, 1970年代に半導体が使われはじめるまで, 長期にわたって主記憶装置の主役であった.

現代では, ハードウエアの小型化, 高性能化, 低価格化などの著しい技術的進歩に, ソフトウエア技術の蓄積が相まって, 個人用コンピューター(パソコン), ワークステーション, スーパー・コンピューター, ソフトウエア指向コンピューター, ネットワークによる分散処理など, コンピューター・システムをめぐる 環境が著しく変化しているといえる.

コンピューターのはたらき

コンピューターは電気を使う器械である. 前にテレビはスイッチを入れたらすぐ動くと書いたが, 先ずはじめにチャンネルを動かして見たい番組を選ぶ作業が必要である. ところがチャンネルによっては何も写らない. これは電波が送られていないからである. この送られてくる情報をソフトウエアという概念でとらえることができる. これに対してテレビそのものは装置であり, ハードウエアという概念で表すことができる.

コンピューターも同様に, ハードウエアとソフトウエアの二つの言葉で表わされる. ワープロがスイッチを入れると, すぐ立ち上がって使用可能となるのは, ソフトウエアがあらかじめ組み込まれているからである. パソコンやワークステーションにしてもワープロ専用機として ソフトウエアを組み込んでおくことは, もとより可能である.

ソフトウエアはコンピューター・ショップに行けば手に入れることができる. しかし,その元をたどって行けば, 人の手によってつくられ, 人の手によって入力されたものであることが分かる. 最近では手書き文字による入力なども現れてはいるが, コンピュータへの入力は人手によりキーボードを通して行われるのが通常である. 入力装置としては他にもいろいろのものがあるが, この頃のウインドウ表示システムでは マウスと呼ばれる位置指示装置がよく使われるようになった.

コンピューターからの情報を私たちが読み取るのは, ディスプレイ装置を通して行われることが多い. もし,記録が必要であれば,プリンターにより紙に印刷することもできる. また,音声や点字といった形式で出力することも可能になってきている.

コンピューターの中心には中央制御装置があり, 情報処理を行っている. 中央制御装置は二つに分けて演算装置と記憶装置がある. 入出力および中央処理装置を含めて, 制御する基本ソフトウエアは オペレーテイング・システムと呼ばれる. パソコンではMS-DOS (エムエス・ドス), Windows (ウインドウズ) あるいは OS/2 (オーエス・ツー)といったものがあり, 一方,ワークステーションではUNIX (ユニックス)が用いられている. 大型計算機のオペレーティグ・システムは IBM (アイビーエム)社の 系列の他, 独自路線を採用しているメーカーもある.

コンピューターの基本的な働きは, 足し算とか引算を行うほか, 大小の比較のような判断を行わせることができる. コンピューターの内部ではすべての情報を1と0の組合せとして処理しており, 情報の単位としてビットが用いられる. 8ビットをまとめて1バイトがよく使われる. 英文字の1字を表わすのには, 1バイトあれば十分である. 漢字を表わそうとすると, 2バイトが必要である. 一般に, メモリーの大きさを表わすのには MB (メガ・バイト=100万バイト) が用いられる.

日本人とコンピューター

ソロバンは中国で発明されたが, 日本に渡ってきて独自の発展をとげた. ハードウエアでいうと機構的には4つ玉になったこと, 今ひとつはソフトウエアで, 読み書きソロバンと呼ばれる教育システムが作られたことである. コンピューターがいくら発達しようと教育システムとしてのソロバン塾は 今も健在である. ソロバンは, 一種の数値記憶システムであって, 計算機とは言えない. ソロバンは便利なノートのようなもので, 計算するのは, あくまで人間である. ソロバンは計算を容易にする道具である.

もう今は見ることもなくなった計算尺というのがある. 今ふうにいうと, アナログ計算機の一種ともいえる. 足し算や引算はだめだが,かけ算や割り算に便利である. 有効数字は3桁ほどしかないが, 理工系の科学者や技術者の現場にはには欠かせないものであった. 計算尺はある数値の組合せを与えると答えを読み取ることができるので 計算機と呼んでいいだろう. 第2次大戦前,日本は計算尺の輸出国であった. 戦争が終ってアメリカ軍が日本に進駐してきた. 彼らが最初にやったことの一つは,計算尺の生産を再開させることであった. 日本の計算尺が優秀であったのは台材として竹を使っていたことである. 温度や湿度によって長さが変化しない材料として竹が優れており, 竹の加工技術が竹取りの翁の昔から日本にはあったということであろう. しかし,もう実用として計算尺が使われることはない. 浮動小数点計算のできる関数電卓が, 速く正確な答えを出してくれるからである.

パラメトロンは, 1954年, 日本で発明されたユニークな増幅・論理素子であり, 記憶素子としても使われた. パラメトロン式コンピュータは, PC-1 ( 東京大学), M-1 (電気通信研究所, 現NTT研究所) をはじめとして, 数多く作られている. 1956年, M-1が小規模ながらもっとも早く完成した. パラメトロン式コンピュータは, 商用のものとしても1960年代 半ばまで広く使われた. パラメトロンのアイデアが日本で生まれ, コンピューターとして日本で育ち, そして消えて行ったということは 歴史的にみても興味深い.

マイクロコンピューターはコンピューター界に革命をもたらした. 隔離された密室に置かれていたコンピューターを文字通り, 私たちの 手の中に引き出してくれたのである. 今から考えればマイクロコンピューターは半導体技術の発展による 電子回路の高度の集積化の到達点であるに過ぎない. しかし, 歴史的にみると, マイクロコンピューターは日本における電卓戦争の結果がもたらしたものである. 日本の電卓メーカーのビジコン社がアメリカのインテル社に 電卓用の集積回路の製作を依頼したのが発端である. ビジコン社はいろいろなタイプの電卓がつくれる 汎用的な集積回路を発注して, 技術者の嶋正利らをインテル社に派遣した. その結果, 生まれたのが4ビットのマイクロプロセッサーであった. インテルはビジコンから権利を買い取り, 1971年11月にマイクロコンピューター4004がアナウンスされたのである. 1ドル360円の時代にサンプル1セットが100ドルであったという.

日の丸コンピューターとして, 一時期もてはやされたトロン・コンピューターがある. 学校教育現場に導入計画があったのだがアメリカの横やりで つぶれてしまった. トロン計画は今も進行中であるが, 一般からは忘れられている状態である.

コンピューターの世界では優れたものが必ずしも勝者とはならない. ハードウエアとしてのコンピューター自体は大量生産が可能である. これに対して,ソフトウエアの生産は人力だけが頼りである. 手だけではなく頭の働きがものをいう世界である. 一度作ったソフトウエアはできるだけ長く使いたい. というわけでソフトウエアの継承性が重視される. 機種が新たになっても, これまで使ってきたソフトウエアは そのまま使えることが要求されるのである. 一度覇権をにぎったメーカーが次の世代をも支配するという構造が 続いているのが現状である.

ワークステーションとUNIXの世界

UNIX (ユニックス)はオペレーティング・システムであり, 1969年頃, 最初はアメリカのベル研究所内の ミニコンピューター上で私的な試みのうちに 開発されたものである. この過程でC言語がつくられた. トンプソンとリッチーはC言語を用いてオペレーティング・システムを 書き表すことに成功したのである. これが UNIX の発展をもたらした. それまでは, オペレーティング・システムはアセンブラを 用いて書くのが通常であったのである.

このオペレーティング・システムは機種依存性の少ないC言語で書かれていたので 機種の異なるミニコンピュータに比較的容易に移植することができたのである. UNIX システムは大学関係者には安い値段で提供され, アメリカは元より世界のコンピューター研究者の間に広がっていったのである. この頃はソースプログラムが付いていたので, オペレーティング・システムの 学習や改良に用いることができた. このため,UNIX にはいくつかの方言ができてしまった. 中でも, カルフォルニア州立大学バークレー校では BSD 版として 発展させていったのである. 今では UNIX の統一の機運が高まり, 一つの UNIX にまとめようとしている 段階である.

大きさではパソコンに近く, 性能ではミニコンに匹敵する 高性能なコンピューターが開発され ワークステーションと呼ばれるようになった. そして,オペレーティング・システムは当然 UNIX である. ワークステーションは当初, 高価であったが, 半導体技術の進歩とともに価格が低下してきた. 一方, パソコンは性能が向上してきた. 現状ではその境界は無くなりつつあるが, 大まかには,集積回路による中央処理装置 (CPU)の種類で判別しているのが 現状である. 従って, パソコン上で動く UNIX も多く開発される反面, パソコン上におけるオペレーティング・システムも Windows NT のように UNIX と競合するものが開発されている.

UNIX の特徴はマルチ・ユーザー,マルチ・ジョブである. 1台のコンピューターに, 複数の人が同時に複数の仕事をさせることができる. 表示画面にウィンドウ表示をさせると,一つのウインドウに一つのジョブというように 割り振ることができる. ユーザーからは, 一つのウィンドウが一つのコンピューターを表わしているように見えることになる.

コンピューターとネットワーク

コンピューターが単独で動いている場合は 本来持っている性能が全てである. ところが, ネットワークで他のコンピューターとつながっていると, いろいろなことが可能になってくることがわかる. ネットワークは, 大学構内のようなローカル・ネットワーク, 大学と他の大学を結ぶ広域ネットワーク, さらには, ネットワ−クを相互に結ぶネットワークとして 学術用の国際ネットワーク「インターネット」が形成されている.
  1. 電子メール

    手紙を書いて, 切手を張ってポストに入れると宛名のところまで, 配達してくれる. 電子メールもいろいろやり方はあるが, 基本は同じで,キーボードから文章を入れ, 宛名をつけて送り出せばよい. メールは中継所のコンピューター間のリレー方式で送られる. 相手のコンピューターがネットワークに加入していれば, いずれ相手に届くことになる. 切手は不要である.なんと言っても,張る場所がない. また,Q2みたいに後から請求書が来るわけでもない. これは, 費用がかからないということではない. 回線料, 中継ワークステーション維持費など, いろいろお金がかかっている. 特に, 人件費などは研究者のボランティア的活動に支えられている. ただ,それが利用者の眼に見えないだけのことである. すでに,営業を開始している商業ネットワークに加入してみれば どれだけお金がかかるか, すぐ分かることである.

    相手が日本人ならば, もちろん漢字とかなで文章を書き, 送ることができる. ただし,相手が漢字の表示できるコンピューターを持っていることが必要である.

    メールが届くと,メールが来ましたと,コンピューターが教えてくれるので, すぐ読むことができる. 返事を出したいときには, いろいろ便利なソフトウエアが利用できる.

  2. 電子ニュース

    インターネット上には, いろいろな分野のニュースが流れている. ニュースは項目に分類されているので, 関心のある項目を選んで読むことが できる.また,研究者同志でグループを作り, 相互に情報を交換することも行われている.

  3. 分散処理

    コンピューターが極めて高価だった頃には,中央に大型コンピュータを配し, 周辺に端末装置を置く形態をとることが多かった. 最近ではコンピューターの形状が小型になり性能は向上してきたので, 中央で全部の面倒をみる必要がなくなってきた. 性能に応じて情報処理を受け持つ分散処理が当り前になってきたのである.

    また, 遠方のコンピューターにログインして, そのコンピュータを使うこもできる. 例えば, スーパーコンピューターに入って計算し, その結果を手元のワークステーションで受け取ることができる.

  4. ファイル転送

    ソフトウエアは商品であると同時に, 人類の知的財産でもある. 自分の作ったソフトウエアを無償で提供する場合や, 団体を作ってフリーの優秀なソフトウエアを開発している組織もある. これらのソフトウエアとかデータを受け取る手段として, ファイル転送がある. 特に, コンピューターに名前が登録されていなくても ソフトウエアを受け取ることができる, 匿名システムが発達している.

    おわりに

    1993年9月,アメリカでは全米情報インフラストラクチャ(NII)が提唱された. これは, 情報スーパー・ハイウエイ構想として, 日本のマスコミでも取り上げられるとともに, 政治・経済界でも関心を示している. アメリカの動きは, やがて日本に伝播するというのが, これまでの歴史であるので今後どう展開するか, 興味のあるところである.

    いま一つのキーワードがマルチメディアである. マルチメディアというのは, 情報の媒体 = メディアが多種, 存在するということで あり,そのメディア上の情報がディジタルであるというところに, 特長がある. ディジタル情報は, 0と1だけからできており, コンピューターで処理することができる. さらに, メディア間のコピーが簡単で, しかも極めて正確に行うことができる. コピー時の情報の劣化が一切無いのである. 経年による情報の劣化も完全に防ぐことができる. LPレコードはプレイする毎に, 溝が針に削られて, ノイズが増え 音質が低下していくのに対し, CDは何度聞いても,磨耗する部分がないので, 永久に 情報としての音楽が変化することはないのである. 絵や書のような芸術作品は別として,将来はすべての情報記録がディジタル化される ことが予測される. 現在は,このような変革の途上にあるといえる. コンピューターを身近なものとして とらえて,私たちに役立つものにしていきたいと思う.

    参考文献